2020.01.06
評価される側の人間になろう
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
新年を迎えるにあたり、再度当社の理念を思い直しし、しっかりと再認識をしてみました。
『BeautyとCreativeで世の中を美しくしよう』
というのが当社のコンセプトです。
ところが、1つ問題があり、クリエイティブの基準が非情に難しいんですよね。
クリエイティブ = 創造的
創造的といわれてもピンときませんね。
そこで当社ではより簡単に「クリエイティブを生み出すクリエイターとはどんな人間なのか」を定義しています。
『評価する側の人間ではなく、評価される側の人間』
ということです。
何か物事を創造するということは
- ゼロから物事を発想する
- すでに存在するアイディアや表現方法をうまく組み合わせてオリジナルを生み出す。
という2つの方法が存在します。
この2つの方法を使ってプロダクトやサービスや動画、ウェブサイトなどを生み出します。
しかし、その創造性に価値があるかどうかを評価するのは本人ではなく、クライアントやユーザーなどの第三者です。
クライアントやユーザーなど評価する側の人間は、生み出されたものに対し、
便利、すごい、美しい、カッコいい
などのポジティブな評価をする場合もありますが、
ひどい、ありえない、全然ダメ、センスがない
などのネガティブな評価をするケースも少なくありません。
評価をする側は楽です。
誰かのアウトプットに対してコメントをするだけです。
おまけにアウトプットに対して、
「このプロダクトはクソだな。」
「このサービスはユーザーのことを考えてないな。」
といった辛口コメントをすることで、クリエイターに対し上から目線でマウントをとることができます。
それに対し、評価をされる側は一生懸命生み出したものに対し、非情なダメ出しを数多く浴びせられることも多く、メンタル的にも大変ですし、自分自身が否定されたような気持ちになることも多々あります。
ただ、評価する側・される側の絶対数の割合は9:1以上にされる側の割合が少ないと思います。
この割合が何を示すかというと、世の中における成功者の割合と重なると思っています。
つまり、評価する側の人間が圧倒的な成功者になるケースというのはほとんど無いのではないでしょうか。
いつだって成功するのは評価をされる側の人間。
厳しい評価をされてもめげずに地道にアウトプットを続けてきた人間です。
だからこそクリエイターというのは常に評価をされる側の人間でなくてはならない。
ものすごくセンスがいいとか、常人のできない発想をするという定義だと、本当に限られた才能を持った一部の人間しかなれないものだと諦めてしまいがちですが、
評価をされる側の人間は全てクリエイターである。
当社としてはそのように定義しています。
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